君は年金に入るべきか 池上彰 東工大議事録より

 このところ、生活保護のあり方がニュースになっています。高給のお笑いタレントの母親が生活保護の受給を受けていたことがマスコミで大きく取り上げられ、「受給資格を厳格化すべきではないか」という動きもあります。


 学生の諸君はこのニュースを見てどう思ったかな?


学生A (この母親が受給しなければ)もっと他にも受給できる人がいたのではないですか。


学生B 有名人だからといってマスコミにたたかれるのはかわいそう。


学生C 正式な手続きを経て受給している人に間違ったイメージが広がりそう。


学生D 収入が増えてきたら、母親に仕送りしてあげればよかった。


 そうですね。このニュースは、生活保護を必要としている人に家族がいる場合、家族は面倒をみるべきなのか、家族はどこまで支える責任があるのか、問題提起をしたと思います。家族や親族による扶養は生活保護受給の要件ですが、現在の制度では仮に生活の面倒をみていなかったとしても違法ではありません。家族間といえども様々な人間関係があり、法律や制度がどこまで強制できるのか議論があるのです。



(注)受給状況は各年度の月間平均


 1年間に支払われる生活保護費の総額は3兆円を大きく超えています。これだけ巨額になりますと、支給額の削減も課題になってきます。

 国の財源は限られているのに、社会保障関連の予算は増えるばかり。とりわけ年金制度をどうするかは喫緊の課題です。そこで今回は、日本の年金制度について、基礎から考えてみましょう。


■年金は保険である

 まず押さえておかなくてはいけないこと。それは、年金とは保険であることです。

 保険は、いざというときのリスクに備えるもの。生命保険は、一家の大黒柱が病気に倒れたり、亡くなったりしたときに、残された家族の生活の足しになるように、保険金が支払われるものです。

 損害保険は、火災や風水害、自動車事故などにあったときに保険金が支払われます。

 介護保険は、寝たきりなど介護が必要になったときに、費用の1割を負担することで、介護サービスが受けられる仕組みです。

 こうした保険のサービスを受けるためには、日ごろから保険料を納めていなくてはなりません。

 では、年金は、何のリスクに備えたものなのでしょうか。これは、「長生きのリスク」に備えたものなのです。

 こういう言い方をすると不穏当ですね。長生きはめでたいことであり、リスクではないはずだからです。実は、この場合の「長生きのリスク」とは、「長生きしたのに蓄えがなくて生活できない」という状況のことです。

 せっかく長生きしたのに生活ができないようでは困ります。若いうちから保険料を納めることで、歳をとったら保険金にあたる年金を受け取れるようにしようという制度です。

 保険ですから、「受け取れないのは損だ」という発想は、本来おかしいのです。たとえば生命保険。「もらわなければ損だ」といって早く死ぬ方が得という考え方はおかしいですね。損害保険の保険金がもらえるように自動車事故を起こそうとは、普通の人は考えません。

 介護保険だって、介護サービスを受けることなく元気でいられれば、それに越したことはありません。介護保険の保険料が「無駄になる」のは、本来いいことのはずです。と同時に、あなたが払った保険料が、別の誰かが介護サービスを受ける手助けになっているのです。あなたは介護保険に加入することで、人助けをしていることにもなります。

 ところが年金保険だけは、多くの人が「もらえないと損」と考えてしまいます。本来は、もらわないで済めばありがたいはずなのですが。年金保険だけが、「生きていれば受け取れる」という点で、「もらわないと損」と考えてしまうようになっています。いわば「長寿祝い金」のような性格を持っています。

 「長生きしたのに生活できない」というリスクに備えたものである以上、「長生きしても生活できる」というお金持ちの高齢者には、本来年金を支払わないという仕組みがあってもいいはずであることが、わかりますね。

 ただし、お金持ちは年金を受け取れないとあらかじめわかっていると、保険料を支払わないお金持ちが出てきてしまう恐れがあるので、これはこれで制度を設計する上でむずかしいのです。


 また、年金の保険料を払い始める段階で、「将来年金が受け取れる」と思っていますから、「受給権」があるという考え方が一般的です。受給年齢に達した段階で、「あなたは十分な所得があるから年金を受け取れません」というのは、受給権を侵害するというのです。

 こういう場合は、年金保険料を払い始める段階で、事前通告しておかなければならないというわけです。将来そういうことになるのか、どうか。

日本の年金制度は、1942年に厚生年金の制度が発足しました。1961年には国民年金も始まりました。

 始まった当初は、積立方式でした。つまり、若いうちに保険料を積み立て、歳をとったら、積み立てていたお金を年金として受け取るという仕組みです。


東工大で「現代世界の歩き方」の講義をする池上彰氏(東京都目黒区)

 ところが、この仕組みは、インフレに弱いのです。長期間保険料を払い込んでいても、その間にインフレが進んでしまうと、いざ年金を受け取るときに実質は雀(すずめ)の涙になりかねません。

 そこで、1973年度から、賦課方式の要素が強まりました。現役世代が払い込む保険料を、その時点での高齢者に年金として払う仕組みです。

 つまり、若いうちは高齢者を支え、高齢者になったら若い人に支えてもらいます。これを厚生労働省は「世代間の支え合い」と称しています。

 ただ、実際には、それまでに積み立てていた資金がありますから、それを取り崩しながら、ということになります。


■日本の年金制度は「2階建て」

 日本の年金制度は、俗に「2階建て」と呼ばれます。仕組みを見ると、まるで2階建ての建物のように見えるからです。

 国民年金は、平屋建て。自営業者や学生は、この国民年金に加入します。

 一方、サラリーマンやOLは厚生年金、公務員や教員は共済年金に加入します。これは、建物に見立てれば2階建て。厚生年金や共済年金保険料の一部は、自動的に1階部分の国民年金に拠出されます。このため、厚生年金・共済年金に加入している人は、自動的に国民年金にも加入していることになります。この国民年金の部分を、厚生年金や共済年金では「基礎年金」と呼びます。

 厚生年金の保険料の半分は企業が、共済年金の保険料の半分は国や地方自治体が負担しています。

 厚生年金・共済年金には、報酬比例の仕組みがあります。支払う保険料は給料額から計算され、受け取る年金も、支払った保険料の総額から計算されます。この部分が2階建ての2階部分にたとえられます。



 サラリーマンや公務員の妻などは、保険料の負担なしで国民年金に加入できる、いわゆる「第3号被保険者」です。この制度が始まったのは、1986年4月1日からです。

 それ以前は、第3号被保険者という制度はなく、専業主婦は国民年金には任意加入でよかったのです。サラリーマンや公務員の妻などで、任意加入せずに保険料を納めていなかった場合は、その分、年金額が減額されることになり、満額の老齢基礎年金を受け取ることができませんでした。

 これではかわいそうだということになり、専業主婦の場合は、保険料を払っていなくても、払ったものとみなすことになりました。こうした主婦たちが「第3号被保険者」です。

 ただし、これはこれで、働いて保険料を納めている女性たちに比べて優遇されているという批判もあり、改革案が検討されています。

 2階建ての建物の1階部分、つまり国民年金(基礎年金)の3分の1は、国が支出していました。しかし、国の負担を増やすことになり、2009年度から基礎年金の2分の1は国庫負担となりました。これは、政権交代の前の自民党公明党の連立政権時代に決まったことです。新たに政府の負担が増えた部分は、消費税を増税して穴埋めすることになっていましたが、これまでは増税の動きはなかなか進まないまま、政府の負担は増えています。

 厚生年金をめぐる今年の大きなニュースは、AIJ投資顧問(東京・中央)による年金資産の消失問題です。警視庁は6月19日、AIJ投資顧問社長の浅川和彦容疑者(60)ら幹部4人を詐欺容疑で逮捕しました。



AIJ投資顧問による年金消失問題は全国の中小企業に影響を広げた(参院財政金融委員会の証人喚問で答弁するAIJの浅川和彦社長=2012年4月24日)

 AIJは、中小企業の厚生年金基金から預かった資金を運用する仕事をしていましたが、預かった資金の大半が消滅していたことが明らかになったのです。AIJは、客に対して、高い利回りで運用できていると説明していましたが、実際には運用に失敗していたのです。

 この「厚生年金基金」というのは、厚生年金の2階建ての上の3階部分に当たります。

 大企業の中には、2階建ての厚生年金では不十分だとして、企業独自の年金制度を導入している場合があります。企業と社員が保険料を負担しているのです。これが3階部分です。

 しかし、中小企業は、独自に企業年金制度を導入する余裕のないところが多いため、業界が一緒になって厚生年金基金を創設。資金を運用しています。その際、AIJ投資顧問に資金運用を依頼していたところがあったのです。

 どこの厚生年金基金にしても、社員の年金支給額を充実させたいですから、高利回りの運用を求めていますが、簡単にはいきません。その結果、高利回りを謳(うた)っていたAIJにひっかかってしまったのです。


消えた年金問題とは

 AIJによる厚生年金基金の資金消失のニュースを見て、「消えた年金問題」を思い出した人もいることでしょう。これは、また別の問題です。どんな、問題なのか。

 年金加入者には、それぞれ年金番号がつけられています。ところが過去の年金は、加入者が国民年金から厚生年金に移ったり、ある企業から別の企業に移って別の年金手帳を受け取ったりする際、また新たな年金番号を割り振ったりしていたのです。

 こうした無駄をやめ、保険加入者は、全員が固有の基礎年金番号を持つことにしました。1997年1月に導入された制度です。

 このとき、当時の社会保険庁は、複数の年金番号を持っている人を対象に、ひとつの番号に統一する作業に着手しました。

 ところが、コンピューターへの入力はカタカナですることになっていたため、たとえば「裕子」という名前を担当者によって「ユウコ」と読んだり、「ヒロコ」と読んだりして、勝手に入力したりする事態が相次ぎました。このため、コンピューターは別人と判断し、番号の統合ができないケースが出たのです。

 このため、過去にきちんと保険料を納めた人が、「納入の記録なし」として年金が満額もらえないなどトラブルが相次ぎました。これが「年金記録」です。

 当時の社会保険庁のずさんな仕事ぶりが問題になり、社会保険庁は2009年12月末で廃止され、翌2010年1月から日本年金機構が業務を引き継ぎました。

 年金をめぐっては、他にも国民を怒らせる事件がありました。厚生年金の保険料を使って、「グリーンピア(大規模年金保養基地)」が各地に建設されていたのです。採算を度外視した豪華な施設で、利用者が増えることもなく、大赤字となり、過去の年金保険料の積み立て分が無駄遣いされてしまったのです。



ずさんな年金管理が問われ社会保険庁は廃止。日本年金機構が発足して業務を引き継いだ(年金機構発足式で職員に訓示する当時の長妻昭厚生労働相、2010年1月4日)
 その結果、2005年度末までに全国13カ所のグリーンピアすべてが廃止され、自治体などに譲渡されました。

 このグリーンピアの建設・運営には年金保険料1953億円が投じられましたが、売却総額は、わずか約48億円でした。

 こうした資金運用をしてきた「年金資金運用基金」は2006年に廃止され、「年金積立金管理運用独立行政法人」に引き継がれました。

 グリーンピアの多くは、歴代厚生大臣の地元に建設されていたことから、なんらかの利権や利益誘導があったのではないかとの疑惑を招くことにもなりました。

 国民がせっせと払ってきた年金保険料が、厚生労働省の年金官僚や天下りの官僚OBによって無駄遣いされていたことは、国民の年金制度に対する大きな不信を抱かせたのです。


■年金制度は破綻するのか

 高齢者が増えて年金受給者は増える一方で、少子化によって保険料を納める人の数は減っていく。果たしていまの年金制度は維持可能なものであるのか、どうか。これがしきりに議論されるようになりました。



金保険料の約2000億円を投じられたグリーンピア13カ所が廃止、譲渡された(写真の「グリーンピア岩沼」はその後、宮城県岩沼市が買い取り再生した=2003年3月撮影)

 厚生労働省は2009年2月、今後の見通しを発表しています。この時点で144兆円あった積立金は、今後増え、2049年には500兆円を超える。厚生年金の保険料率は2017年までは徐々に上昇していくが、それ以降は固定される。その結果、積立金は2066年から取り崩しが始まるが、2105年になっても、まだ132兆円の残高がある。「今後100年間は大丈夫」。これが見通しでした。

 しかし、これに前提条件がありました。賃金上昇率が2.5%、積立金の運用利回りが4.1%という非現実的なものだったのです。

 実際にはデフレで賃金は上昇するどころか低下していますし、金利がほとんどゼロに近い状態では、資金運用がうまくいくはずはありません。

 実際には、積立金は2011年度末に113兆円まで減少しました。増えるどころではなかったのです。

 これを見ますと、日本の年金制度の先行きは不透明。危機的な印象を受けます。今後の年金制度はどうあるべきか。政府は年金の一本化を進めてシンプルな構造にしようとしていますが、厚生年金と共済年金の間の垣根が高く、具体案はまとまっていません。

 ただし、だからといって、「年金入るのやめた」では解決になりません。みんながそう考えると、実際に年金制度は崩壊してしまいます。年金は、世代間の支え合いであり、リスクに備えた保険であることを考えたら、国の社会保障の中核として維持していくことが求められます。そのとき、さて、どのような仕組みが望ましいのでしょうか。

 ここで、「保険料を払う金がないや」という学生の皆さんにアドバイスをひとつ。

 日本国内に住むすべての人は、20歳になったときから国民年金の被保険者となり、保険料の納付が義務づけられていますが、学生については、申請により在学中の保険料の納付が猶予される「学生納付特例制度」があります。

 将来、老齢基礎年金を受け取るためには、原則として保険料の納付済期間等が25年以上必要です。これが大変なのですが、学生納付特例制度の承認を受けていれば、猶予の期間中も、この25年以上という受給資格期間に含まれます。この点が有利ですね。

 ただし、老齢基礎年金の支給額の計算の対象となる期間には含まれません。

 学生さんたちに、もうひとつアドバイスを。年金に加入していると、不慮の事故で障害を負った場合、障害基礎年金が生涯にわたって支給されます。

 学生納付特例制度を申請して国民年金の保険料を猶予されていても、障害や死亡といった不慮の事態が生じた場合には、障害基礎年金が受給できるのですから、有利ですね。


 以上、日本の年金制度を概観しました。