「攻撃はやめない」と加害生徒が宣言。その時、教師は

http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20120730/235089/?P=1

 学校は夏休みに入ったにもかかわらず、いじめ関連のニュースが引き続きメディアをにぎわせている。大津市の中学校で起きた事件を受けて、各県の教育委員会がいじめの実態調査に乗り出しているためだ。前回に引き続き、横浜市内の中学校で教鞭を執る現役教師、瀬田川聡氏が自らの経験を基にいじめへの具体的な対処法を語った。
(聞き手は三浦 拓真)
ご自身の学校では、実際にどのような問題に対処してきましたか。

瀬田川:まず個人情報保護の観点から複数のケースを合成し、かつ中心的な特徴が損なわれない程度に細部を変更している点をご理解ください。

 私の中学校でいじめがありました。被害生徒Aと加害生徒Bは中学3年生で、同じクラスに在籍。問題に気がついたのは、5月中旬の放課後にA君が私に話があると言ってきてからです。

 相談室で話を聞くと、A君は「同じクラスのBからいじめられている」と訴え、こんな内容を語りました。

 およそ1カ月前の放課後にA君はB君に呼び出された。B君に「おまえを見ているだけでむかつく」と一方的にののしられて、左頬を2回殴られ、左足を3回蹴られてうずくまった。その日以来、ほぼ毎日、教室に先生がいないときにB君が近寄ってきて、A君の肩を殴ったり、太ももを蹴ったりするなどの暴力が続いた。

すぐには先生に相談できなかったのですね。

瀬田川:始めの暴行時に「先生に言ったら、余計に殴るぞ」とすごまれたことが、心に強く残り、恐怖で相談できなかったようです。A君は夢でもB君に呼び出されて殴られる場面が出てきたり、授業中もB君が気になり集中できなかったりして、時々手が震えるなどの症状が出てきました。A君は登校するのも辛くなり、我慢の限界を感じて生徒指導専門の私に相談をしてきたのです。

被害生徒の母親は教師に激怒した

A君の話を聞いた後に、どのように行動しましたか。

瀬田川:すぐに担任の男性教師、学校職員と情報交換をして家庭訪問に赴き、母親に報告と謝罪を行いました。すると、A君の母親は「学校の責任だ」と激怒し、「すぐにB君を指導してほしい」と訴えました。冷静に対応策を考えられる状態ではありません。

 家庭訪問の翌日に、担任教師、学年主任と私の3人で、B君を相談室に呼び出し、指導を行いました。だがB君は反省するどころか「自分もAに悪口を言われている」、「教師はAの味方ばかりをしてむかつく」などと主張。時には相談室の壁を蹴るなどして激しく反抗しました。あまりに態度が悪く、反省の色がないので、それから数日間、放課後に担任教師と私がB君への指導を継続しましたが、B君に気持ちの変化はなく、「Aへの攻撃は止めない」と宣言しました。

 A君の母親にそうしたA君の様子を隠さず伝えると、学校の指導とB君の対応に気持ちが収まらずB君に直接電話をしました。するとB君には「お前は関係ない」と言われ、B君の父親からも「お宅のA君にも問題がある」と言われたそうです。

関係者がいがみ合うまずい状況ですね。どのように打開策を見つけましたか。

瀬田川:その電話の翌日に、担任教師、学年主任、私、A君、その母親が学校で話し合いました。私はこのままでは被害が拡大すると考え、母親に批判されるのを覚悟で「学校の指導の限界」とA君の身の安全を心配していることを伝えました。

 すると今回はA君の母親の様子が今までと違ったのです。前回と同じように学校の責任を追及すると思いましたが、B君本人やその保護者と会話をしていたため事情の難しさを理解してくれたのでしょうか。学校の説明に理解を示し始めてくれました。

 さらに自ら「このような子供同士の暴力事件で警察に被害届を出している家庭はありますか?」と質問してきたのです。私はその提案をしようと準備してきたので「ある」と答え、その手順や考え方を説明しました。その場で母親は被害届を出す決断を下し、翌日、A君と母親は警察に被害届を出しに行きました。

「君の行為は暴行罪」

被害届を受けて、警察が動いたのですね。

瀬田川:しばらくして加害生徒Bは警察の呼び出しを受けます。警察署内での事情聴取で、B君は今までの暴行の事実を認めました。担当の警察官からは「君の行為は暴行罪であり、今後も続くようなら逮捕もあり得る」と言われたそうです。

 事情聴取の翌日にB君は「警察に呼ばれた」と私に声をかけてきました。すると今まで反抗的な態度が嘘のように真面目な態度に変化しているのです。「反省している」「やりすぎた」「2度と攻撃しない」と反省の言葉を口にしました。実際、この日を境に、被害生徒や他の生徒に対して、言葉での威圧や暴力行為がなくなったのです。

加害生徒であるB君はどんなことを言っていましたか。

瀬田川:「警察と同じことを学校でも何度も言っていたのになぜ止めなかった」と聞くと、「分からない。聞く気にもなれなかった。自分だけ責められている気がした」と話し、「警察に怒られなければやめられなかった」とも語りました。

 さらに面談の後半では担任教師に対して「勉強が苦手で今のままでは高校に行くことができないのではないか」という悩みを打ち明けました。これがきっかけとなって担任教師と卒業まで定期的に面談を行う約束をしました。事件は家庭裁判所に送致され、B君は家庭裁判所からも呼び出しを受け、調査官からも警察と同様の指導を受けました。

その後、いじめの再発はありませんでしたか。

瀬田川:ありません。A君は卒業まで教師との会話の機会を持って、安心して学校生活を送ることができたようです。B君は生活態度を見直し、担任教師と一緒に進路を考えるようになりました。2人は親しい関係にはなりませんでしたが、再びもめることはありませんでした。

 B君は卒業式後の3月下旬に家庭裁判所に再度呼び出されましたが、本人の更生した様子も考慮され、「不処分」になりました。私と家庭裁判所調査官とが話し合い、処分の決定を卒業式後にしたのです。

母親の心情の変化を促した「信頼関係」

被害生徒とその母親からの信頼を得たことが、問題解決につながったようですね。

瀬田川:被害生徒がいじめられていることを教師に訴えるのはたいへん勇気がいることです。一歩間違えれば、「何ちくって(告げ口して)いるんだよ」とさらに暴力がエスカレートするのは目に見えているからです。今回も加害生徒の「先生に言ったら余計に殴るぞ」という言葉が被害生徒の心に強く残っていました。

 だからこそ、私は担任教師と協力して被害生徒の救済を最優先に考えました。不安や恐怖の入り混じった気持ちを真剣に受け止め、詳しい事実を確認しました。いじめへの対応は初期対応が重要です。面談などを通じて、被害生徒からの信頼を得たことは、問題解決の大きな原動力となりました。

 また保護者の協力を得ることも不可欠です。初めていじめの報告をした時は、私は母親から強い口調で何度も叱責を受けました。しかし、被害生徒が私や担任教師を信頼していることを母親に説明してくれました。特に担任教師については、小学校、中学校を通して一番信頼している担任だと話してくれたおかげで、母親の態度が次第に軟化していったのです。被害生徒の心情の変化は、問題解決の重要な要因の1つでした。

(この記事は、有料会員向けサービス「日経ビジネスDigital」で先行公開していた記事を再掲載したものです)