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’’ケ’’が枯れてしまうから’’ケガレ’’

http://d.hatena.ne.jp/Rootport/20121002/1349189220

「日常」で生活していくためのエネルギーのことを“ケ”と呼び、それが枯れてしまうことを“ケガレ”、そして“ケ”を回復させる出来事のことを“ハレ”と呼ぶとしている。あるいはフォークモデルという説では、“ケガレ”を不浄のものと見なして、それが“ハレ”を通じて浄化されるのだとしている。“ハレ”と“ケ”がどういう関係にあるのかは、時代や地域によって大きく違いそうだ。しかし、いずれにせよ、私たちの現実的な生活が「日常」と「非日常」との二面性を持っているのは明らかだ。

日常系とは、おそらく“ケ”に注目した作品群だったのだろう。

ここでは日常を送るためのエネルギーとしての“ケ”のことを言っている。なんの変哲もない日々の、しかし活力に満ちた状態:『よつばと』などの日常系では、そんな日々が描かれていた。

一方、『TARI TARI』などのポスト日常系作品には、“ケ”と“ハレ”の循環が存在している。みんなで楽しく騒いでいるときの“ケ”に満ちた状態があり、挫折や怒りを抱えたときの“ケガレ”の状態があって、文化祭などの“ハレ”を通じてそれを回復させている。