押井守「頭上の敵機」(1949年 ヘンリー・キング監督)を語る。

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「優秀な中間管理職」が壊れていく必然


押井:派遣された部隊の指揮官、ダヴェンポートは温情的な男で、部下思いで部下たちから慕われてるんです。危険な任務を部下のミスで失敗したんだけど、かばって表沙汰にしなかった。これで彼は解任され、新しい指揮官としてやってきたのがグレゴリー・ペック演じるサヴェージ准将。

 これが鬼みたいなおっさんで、猛訓練に次ぐ猛訓練。ミスをしたヤツは容赦なく降格。もう部下たちもヘトヘトで非難轟々。「あいつの命令を聞いてたら殺されちゃうぞ」というさ。みんなで部隊の転属願を出しちゃうの。

そりゃそうなりますよね。

押井:ところが実際の結果は逆なんだよね。

 熾烈な訓練をしたおかげで被撃墜率がどんどん下がる、成果のほうはどんどん上がる。サヴェージ准将は厳しいだけじゃなくて、出撃の時は自分も先頭機に乗って前線で指揮を行う。そして、部下たちもなんとなく彼の真意を理解し始めるんです。「じつは部下思いだからこそ猛訓練したんだ」という。

 だけど、サヴェージ准将のほうが途中で人間的に壊れちゃうんだよ。

本当の部下思いの上司とは?

それはまたどうして。

押井:部下がどんどん戦死するから、それに耐えられなくて錯乱状態になるんです。前任者が部下思いで有名で、後任に来たサヴェージ准将が鬼みたいなオヤジで、最初は非難轟々、でもだんだん理解されて、というドラマと、サヴェージ准将の人間性が崩壊していくという話が同時進行なんです。

それはきつい話ですねえ。

押井:戦場だと、部下思いということは部下の命をなんとか守ろうとすることなんだけど、でも同時に戦争だから成果を上げないといつまで経っても戦争は終わらない。そこがジレンマなわけです。

 それは永遠のテーマなんです。兵隊の命を大事にすると戦果が上がらないから、長期戦になっていつまで経っても戦争が終わらない。戦争を終わらせるためにはある程度犠牲をいとわずにどんどこやるしかない、最終的にそのことが部下の命を救う。「どっちがいい?」という話なんだよね。

それを選択するのは難しいですね…。

押井:そういうジレンマはいまだにあるんですよ。ベトナム戦争もそうだったんだけど、このまま膠着状態になってるとアメリカの若い兵士がどんどん死んでいく。もうとっくに何万人も死んでるんだから、早く戦争を終わらさなきゃいけない。戦争を終わらせるためには勝つしかない、だから出血覚悟でさらに大攻勢をかけるしかないんだ、という。

 そのロジックから逃れられた軍隊はないんだよ。それぞれの国で事情が違ってて、人命が安かったり高かったりするんだけど、本質的に言うとどれだけのダメージに耐えられるか。ダメージというのは生産力の問題というより人命だよね。お互いどれだけの戦死に耐えられるかって。

戦場の指揮官は、組織の中間管理職

押井:でもこれは戦争だけの話じゃないと思うんだよね。これがこの映画の面白いところで、要するに上司と部下の関係を描いているわけ。

 果たして部下にとって理想の上司ってなんなんだろう、あるいは上司とはいかに振る舞うべきなのか。

 サヴェージ准将は戦闘指揮官なんだけど、実戦部隊の指揮官というのは会社で言えば中間管理職なんです。司令部から「これだけの戦果を上げろ」と言われるのは、要するに営業のノルマと同じだよね。ノルマを課せられて、どうやったらそれに応えられるか。ノルマに応えられなかったら、前任者みたいに更迭されちゃう。